第1488回 ヘシュカズムと祖師西来意
春の夜毛布一枚半ほしい。こんにちは、スパイラル研究所の大島雅生です。
その道に詳しい先達よりも、何も知らない門外漢と話をする方が勉強になることがあります。専門家の方が当然知識は豊富でこちらは教わることばかりであるのには違いないのですが、その分、只管教えを乞うだけ、話を聞くだけで、何もアウトプットする間もないまま終ってしまいます。
勉強になりましたと言いたくなるところではありますが、これは情報を仕入れた段階であって、食べ物で言えばとりあえず腹に収めただけです。それを栄養として自分の血肉にできるかどうかはその先の話なのです。
一方で、初心者を相手に話を理解させようとするには持てる知識を生きた情報として相手に届けなければならず、そのためには今まで貯め込んだものを総動員して知恵と工夫でフィルタリングした自分の言葉をもって具現化することを求められます。これこそ勉強と言わずして何としよう。
そういえば落語『千早振る』では「からくれないに水くくるとは」という下句の意味を「オカラをもらえず水に落ちた」と解釈し、最後の「とは」の扱いに困るわけですが、ここで勉強になったのは、隠居か八五郎かはたまた寄席の客か。
<今日の一唱>
落語『千早振る』