第1376回 錫アマルガムとパリティ非保存

人は人われも人なら人はわれ。こんにちは、スパイラル研究所の大島雅生です。

自分で自分の本当の姿をリアルに見ることは不可能なのでしょうか。鏡に映っている姿は当然正しいものではないし、仮に角度を工夫するなどして左右を元に戻したところで、結局は鏡というフィルターを通したものであって、生の姿ではないのです。写真でも動画でも同じことで、何の媒体も介さない真の姿を直接見ることは、眼球が外部を向いている限りは叶わないのです。

自分以外の全てのものは本当の姿をリアルタイムで見ることができているのに、他ならぬ自分だけがそこに入っていないとは、世界とはなんと皮肉なことか。

しかしここでもう一度視点を変えてみます。人の姿は、外に向けている方が仮初であり、内を向いている方が真実だとすればどうか。自分を知っているのは自分しかいないことになります。そして世界のすべては偽りの姿。おそらくこの両方の視点を行ったり来たりすることが世界と対峙する意味なのでしょう。落語の『松山鏡』のように。

(A面へ)

<今日の一鑑>
落語『松山鏡』

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