第345回 クラクリュールと高水準言語

ブログが生き生きとして精神的にわかりやすいことが一般大衆の心をつかむ秘訣だとすれば、血気盛んな青年層をとらえるには問題の孕んだものをもってしなければならない。こんにちは、大島雅己です。

プログラムを書く時にぜひとも気をつけたいのは、できるかぎり効率的にシンプルなコードにすること、ではなくて、他者が見て意味がわかるということです。

必ずしも短ければいいとは限りません。スマートな方がいいわけでもありません。短くしようとするあまり関数が複雑に組み合わさったような呪文的プログラムというのが時々ありますが、こういうのは他人に解読できない。

絶対に故障もなく改良も必要ないプログラムならそれでよいかもしれませんが、たいていの場合プログラムにはバグがありますし、それでなくても状況に合わせて改良していくものです。そしてたいていの場合、最初にプログラムを作った人はその時にはいませんので、別の人がプログラムを直すことになります。解読できなければ直せないのです。そうするともう、古びたシステムを仕方なく使い続けるか、全部作り直すかしかなくなります。たいへんに無駄なことです。

芸術や芸能の世界でも、作品が一回こっきりのものならどう作ってもよいでしょうが、もし後々手を加えたり修正する可能性があるなら、他人がさわりやすいものにしておく方がいいですね。原画、原本、原作、音源、設計図といったものを残しておくのもその一つです。

<今日の本歌>
トーマス・マン『ヴェニスに死す』

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