第127回 素晴らしきヒコーキ野郎とBCP

私が大車輪で過去に戻り、歴史的事実に修正を加えようと行動を起こすとしよう。それでも、ブログは書かれるだろう。こんにちは、大島雅己です。

普段あまりITに馴染みのない人たちに対して、勉強会などと称してITの説明やレクチャーをする時に、いつも悩むのが「ITに馴染みのない人はITの何について知りたいだろうか」「それに対して何をどう教えれば満足してもらえるだろうか」ということです。

本来であればコンピュータの仕組みをわかりやすく解説し、基礎を納得してもらってから、希望に応じて細かい各論を覚えてもらう、という王道の学習方法で行きたいところですが、ITに全く無縁で、パソコンに触ったこともなく、年賀状印刷だけできればいいのだという初老の紳士に対して、CPUだの二進法だの解説しても詮ないこと。

この場合は、「まずスイッチを入れて、次にこの部分をクリックして、…」というように具体的な手順を紙に書いてその通りに実行してもらうのが一番早いでしょう。そうすると手順に書かれていないイレギュラーが発生した場合は対処できないでしょうが、致し方ありません。最初からやり直してもらうか、問い合わせしてもらうことになりますね。でも当人がそのレベルを超えた状態を望んでいるわけでないのなら、それでもいいでしょう。

はて楽器の鍛錬をこのようなアプローチで行った場合どうなるのか。何も考えずにひたすら教えられた手順を日々繰り返す。とにかくドレミファソラシドを鳴らす練習だけを何時間も、毎日やり続けたら…。

「上達しよう」「この技術を身につけよう」「あの人のような演奏ができるようになろう」という成長イメージ、ゴールイメージがないまま同じ動作を繰り返し続けても、それはあくまで「操作」であり、その決まりきった行為が確実にできるようになるだけで、楽器そのものを習得することは永遠にできないでしょうね。

<今日の本歌>
宮部みゆき「蒲生邸事件」

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