第1514回 スキエンティアと重力加速度

静電気避けて猫毛をそつと撫で。こんにちは、スパイラル研究所の大島雅生です。

知識があるかないかだけを問題にしてもあまり意味がないものと思われます。だからといって無知の方がよいはずはありません。そもそも無知から知へ、および知から無知への変化は頻繁に起きているはずであるからその違いは紙一重のことであって、そこを論じても詮ないことではありませんか。持っている資産の量がその人の本質を語るものではないのと同じように、持っている知識の量もその人の本質とは関係がないでしょう。

大事にしたいのは、知に対する思いであり、見かたであり、扱いかたであり、動きかたであり、判断のしかたであり、活かしかたであり、発展のしかたであります。なおかつ、無知に対してもそれらの動向があるはずで、それらも同様に大事にすべきだと思われます。

知もそれだけでは道具に過ぎず、それをどう使うかが知恵であってそこに命を注ぎ込みたい。

そういえば落語「やかん」の先生も「人間は引力のおかげで立ってるんじゃァない、自分の意志で立ってるんだ」と言っていますね。こう言われると、引力の知識と、自分の足で立てることは全く別の話であると実感できます。

(A面へ)

<今日の一唱>
落語『やかん』

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