第771回 リーフデ号とフレーム問題

赤茄子の腐れてゐたるところより幾程もなきブログなりけり。こんにちは、スパイラル研究所の大島雅己です。

いまさらながら司馬遼太郎の『関ヶ原』を毎日風呂の中でちびりちびりと読んでゐます。昨年は映画にもなりましたが、この本は定期的に繰り返して味はひたいものです。

日々さまざまな気づきをもらつてをりますが、「戦略」と「戦術」について特に意識させられます。この両者はあまり区別せずに使はれることがあるやうに感じますが、大雑把に言へば前者がWhat、後者がHowとでも申しませうか。いや少し違ふかな。「総論」と「各論」といふ分け方でせうか。あるいは「方針」と「実践」。それとも「方策」と「方法」とでもなりませうか。はたまた「構想」と「具体策」といふ感じですかね。

石田三成は戦略家であつたが戦術家ではなかつた。名監督でも名選手に非ずといふことでせうか。

この両方を意識して使へることが理想ですね。オーケストラなら指揮者でも奏者でもどちらでもこなし、芝居なら演出でも演技でもどちらでも活躍できるといふことでせうか。さう考へると難しさうですが、実現できてゐる偉人も確かに存在します。

(A面へ)

<今日の本歌>
斎藤茂吉『赤光』

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