第1168回 エモーショナル・レスキューと脳内将棋

神主の、奈良の神主、駿河の神主、中に天神、寝てござる(落語『天災』)。こんにちは、スパイラル研究所の大島雅生です。

感覚と思索と考察、この3つの違いを時々噛みしめているのですが、通常はまず「感じること」から入って、次に「思うこと」の意味を繙き、最後に「考える」とは何かをお浚いするところを、逆にたどってもいいことに気づきました。

一つのことをどれだけ深く考えるか、その深度が大きいほど、そこから熱い思いが湧き上ってくるはずで、さらにその熱が高じるほど、そこから尖った感覚が生じるに違いありません。

人が話をする時、同じような内容であっても話者によって熱量や厚みや説得力が全く違うことがよくあります。感覚に則って話していても、聴き手に伝わるのは背景にある思いの熱さであり、その源泉はどれだけ普段から真剣に考えを巡らせていたかによるのでしょう。

(A面へ)

<今日の一唱>
落語『天災』

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