第471回 洞窟の比喩とアフォーダンス

私たちの指導者たちが、これほど明確なブログの警告に耳を傾けないのはなぜなのか? 単に、彼らにとっては、ブログを読むのは「不都合」だということなのだろうか? こんにちは、大島雅己です。

再び、松岡正剛先生の『デザイン知』の話(2回目ですが)です。共読会をやって思ったのですが、「形」というものは世間で軽視される傾向にある気がします。形よりもまず内容だ、とか、形ばかり気にするな、とか、形から入ろうとするな、などと言われることが少なくありません。

格好を気にするとか装備に凝るとか人のスタイルをマネするとか、そういったことはよくない、という風潮があるのでしょうか。格好も装備もスタイルも全部「形」ですね。モノやコトがもっている「形」に忠実に追随することですよね。

よく「抽象化能力が大事だ」と聞きますが、抽象化ばかりに囚われていると、個別にひそむそれぞれの形がまるめられてしまう気がします。抽象化も必要ですが、個別の形も尊重し追求するべきだと思うのです。つまりどちらも意識的に自在にできるのが理想です。

IT現場でも、いろいろなシステム要件をぐっと抽象化して可視化し言語化するスキルが求められますが、その前にいろいろな現場の事象がどういう形になっているのか、それを把握する力も不可欠です。まるっと都合よくまとめてしまうことで見捨てられてしまう要素があるかもしれません。

<今日の本歌>
アル・ゴア『不都合な真実』

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