第435回 報酬系とディスカッションパートナー
凡物の化するや、雅の己となり、筆の蟋蟀となるは、よく化すといふべし。こゝに大島雅己なるもの、部録に遊ぶこと年あり。その筆亦よく化して、森羅万象なさずといふものなし。こんにちは、大島雅己です。
音楽、落語、映画、演劇、小説、漫画、絵画、書画、こういったものを体験したり鑑賞することは、私にとっては生きるために絶対必要なのですが、時々これを客観的に考えることがあり、疑問に悩まされます。
なぜ音楽は人を感動させるのか。なぜ同じ曲でも聴き手によって異なる影響を及ぼすのか。なぜ同じ曲でも演者によって異なる評価が生じるのか。なぜCDで曲を聴くだけでなく本人のコンサートに行きたくなるのか。なぜ他人が作った架空の話に人は魅了されるのか。なぜ嘘だとわかっている物語の世界にわざわざ感情を移入するのか。実物を見ればいいのになぜそれを紙に描き写すのか。活字の方が読みやすいのになぜ手書きの字がいいのか。など、など、など。
マズローの欲求段階で語れるものなのでしょうか。すでにどこかで専門家のかたがさんざん研究されているのかもしれませんが、私の中では答は出ていません。
それにくらべて、というわけではありませんが、私がIT現場で進めている仕事はきわめてわかりやすいものです。ITに関する自分の知見を多くの人にお伝えしてご自身の仕事に役立ててもらうことです。特に、組織の中でITの扱い方に困っている人々、ITの進め方に悩んでいる人々、とにかく愚痴をきいてほしい人には、いい相談相手になれると思います。これは私にとって超越的自己実現なのです。
<今日の本歌>
鳥山石燕『画図百鬼夜行』