第1128回 アンドレアルフスと媒概念不周延

理屈はこねてもセメントこねない(忌野清志郎&2・3’S『現場処理の男』)。こんにちは、スパイラル研究所の大島雅生です。

理屈とは「理」が「屈している」、つまり理が通らないわけだから、「理屈に叶っている」などの言い方がそもそも筋違いです。屁理屈ともなるとなおさらどうしようもないのです。そんなものをさらにこね回すなんて正気の沙汰ではないことになります。

「こねる」は恐らく「粉を練る」に通じるものだと拝察します。さらに言えば「練る」は「ねじる」「ひねる」に繋がり、そうして張りが出た状態が「ねばる」となったのではないか。もともと筋の通っていない詭弁をさらに粉にして練り回しネバつかせた日には、もはや原型は姿かたちもなく消え去って明後日の彼方へ飛散していることでしょう。

だから理屈をこねる行動は信用できないものです。

(A面へ)

<今日の一唱>
忌野清志郎&2・3’S『現場処理の男』

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