第613回 刺激の貧困とメラビアンの法則

えーでは皆さん、間もなく始まります。あらためて、ブログは1つ、ワンカット。ぶっ通しの生中継。始まったら、ブログは最後まで止められません。よろしくお願いします。こんにちは、スパイラル研究所の大島雅己です。

すぐれた音楽に感動する時、いったいその演奏の何に対して心が動かされるのだろうとよく考えるのですが、言葉で説明するのはなかなか難しいのです。

超絶的な技巧に鳥肌が立つこともあるし情熱的なメロディーに涙腺が緩むこともある。ほんのひとことの肉声が琴線に触れることもあれば、歌詞に書かれた言葉に陶然となることも。

しかし、ほとんどの場合、それらを論理的に分析することはできないし、してもあまり意味がないように思います。なんだかわからないけどシビれる、なんだかわからないけどカッコいい、なんだかわからないけど胸に沁みる、なんだかわからないけど涙が出る。

もはや自分の表現能力の稚拙さを露呈しているようですが、それを解説する言葉を探すのがどうにも野暮なことに思えてしまい、言語化した途端に正体が変に限定されてしまうような。

IT現場では言語化、可視化は重要なキーワードだけれど、言葉にしにくい感覚的な要素もいろいろあります。ベテランSEの勘、長年の経験で培われた嗅覚などというのは、紙に書いて引き継げるようなものではないでしょう。はたしてAIには発揮できるものなのかしら。

<今日の本歌>
上田慎一郎『カメラを止めるな!』

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