第175回 三月ウサギと離散フーリエ変換
ハッハア、根性バツグン、ペシャンコになってもブログ書いてやがるたァみあげたブロガーでやんス。こんにちは、大島雅己です。
論理的、ロジカル、という考え方は、IT現場でもしょっちゅう求められます。コンピュータを扱うから当然でしょうか?
そもそも論理的とは何か。「筋道が立っていること」。どうかな。「第三者に認識させることが可能な推論であること」。うーん。「物事の整合性が取れた考え方」。そうさなあ。「必要な要素が首尾一貫してつながっているさま」。はてさて。何だか当たっているような、でもまだわかりにくいような。
では、論理的でないものとは何か。論理的の反対語は何でしょう。感覚的? 経験的? 直観的?
さきほどの「論理的」の定義の逆を考えると、筋道が立っていない、第三者に認識させられない論法、物事の整合性が取れていない、要素が不十分で一貫していない…。
こう書くと何ともひどい、デタラメな状況に思えますね。でも感覚的というのはそんなに悪いものなのか??
ITの現場でも感覚的なものが必要なこともあります。全てが論理だけでうまくいくとは思えません。
音楽というものは得てして「感覚的」なものだという印象ですが、平均律や音波の動きは論理的ですよね。論理と感覚が対立するものだというのが思い込みなのかも?
今日は疑問を投じた状態でいったん終わります。
<今日の本歌>
吉沢やすみ「ど根性ガエル」