第1485回 グリコシド結合とアランチーニ

春雨を確かめてから靴選び。こんにちは、スパイラル研究所の大島雅生です。

白米とはつくづく不思議な食べ物だなと日々思います。必ず毎日食べるものであり、食事の中心に位置づけられるものだけれど、主役の顔はしていない。メインディッシュではない。むしろ他のオカズを引き立たせるための名脇役です。しかしチョイ役では決してあらず、縁の下の力持ちでもない。一番出番が多いのは白米だし、白米を中心に他のオカズたちが回っているようなものです。

社会的な観点からは、ダイエットや健康の話になれば悪役に回ることすらあり、その露出は徐々に減ってきているとの傾向もあるようですが、そうなれば余計に存在の貴重性が増すばかりで、ここぞという見せ場を確実に締めくくるという重鎮的な立場になっているものと思われます。

この構造は他に例えられるものが思いつかず、組織の統括者とも違うし、参謀のような影の存在でもない、もちろん歩兵や鉄砲玉でもない、でも空気のような見えない存在でもない。あらゆる立場の顔を持つ万能役とでもいうのでしょうか。人間もそんな状態になれたらよいのかもしれません。

そういえば井上ひさし氏が「コメというのはどんなにがんばっても一年にいっぺんしかとれない」と言っています。そういった辺りにも白米の存在意義が関係しているのでしょうか。

(A面へ)

<今日の一唱>
井上ひさし『コメの話』

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