第1441回 ナット座ピッチ直径と律速段階

乱高下する気温なり花曇り。こんにちは、スパイラル研究所の大島雅生です。

ハブといえば物事の中心になって全体をつなぐ役目のことを言いますが、大事なのは中心であることよりも全体をつないで調整役になっていることだと思うのです。中心であるからとただその地位に甘んじてどっしり構えて偉そうにしているようなハブは諸悪の根源になるだけで全く意義なきものです。

むしろ中心であるかどうかはどうでもよくて、すべての人と物をフラットに見ながらそれぞれが最大のパフォーマンスを出せるようバランスを考えながら全体を底上げしていくようなハブが理想的で、もはや究極的な状態は、自分自身の姿はほとんど周囲に意識されないレベルですらあるのかもしれません。

空気のような存在、というわけではなく、その存在は明確に認識されているにもかかわらず、どこで何をしているのかを相手に忘れさせ、まるで全員が自分自身の意志で動いているかのように思わせる、釈迦の掌のようなものと言いましょうか。

そういえば「声はすれども姿は見えぬ」というフレーズがありますが、あれは屁のことではなく、下句は「君は深山のきりぎりす」と続くらしいですね。姿が見えないのが不安だと思われるのもよいですが、見えなくても安心してもらうのが本当のサービスではないでしょうか。

(A面へ)

<今日の一唱>
民謡集『山家鳥中歌』

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