第1379回 ビートニクと機能的非識字

冬ごもりラジオの声で時間知る。こんにちは、スパイラル研究所の大島雅生です。

討論会やイベントの音源を文字に起こす作業をすることがあるのですが、やるたびに多くの教訓があります。このたびそれを言語化してまとめようと思い、論点を整理しているのですが、一番強く感じるのは話し言葉と書き言葉の違いです。音声の世界とと文字の世界。オラリティとリテラシーというやつです。

同じ「ことば」でありながら両者は目的も性質も使われ方も受け取られ方も大きく異なります。聴いている分には違和感がなくても文字にしてみると非常に読みにくかったり、読む上ではすんなり理解できるものが音読してみると伝わりにくかったりするものです。

文法的に正確であること、漢字の筆順が正しいことも重要だし、噛まずに喋ることも、正しい発音やアクセントも大事な要素ですが、ことばの最終目的は意図を伝え合うことだとすれば、そういった細かいルールを越えた掟があるような気がします。

そういえば『吉里吉里語四時間』の中に「標準語は人工のもの」とありました。「正しく話す」「正しく書く」の意味をもっと掘り下げて考えなければ。

(A面へ)

<今日の一唱>
井上ひさし『吉里吉里人』

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