第1254回 ガウスノイズと動機の錯誤

青空や花は咲くことのみ思ひ(桂信子)。こんにちは、スパイラル研究所の大島雅生です。

人が喋ったり書いたりするフレーズで、少なからぬ違和感を覚えるものがあります。最も頻繁に出くわすのは語尾に付けられる「○○したいと思います」。テレビでもラジオでもスピーチでも司会でも、ネット上の書き込みでも紙面上のコメントでも、いたるところで定型文のように使われるようで、おそらくあちこちで既に議論されているのでしょうけれど、なくなる気配は全くないので、便利な言い回しなのでしょう。

もう一つ気になるのは「頭悪いので難しいことはわからないのですが」「文系なのでパソコンは苦手で」などの、但し書きのような前置きです。単に「わからない」と言うのに抵抗があるのでしょうか。

いずれの言葉も、状況を「ぼかす」ものであり、現実に直接ぶつかることを避ける「逃げ文句」に聞こえるのです。

(A面へ)

<今日の一唱>
桂信子『花影』

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