第1162回 シグナルハンドラと南朝梁

スペシャル・ルームの存在価値はそのアンチ・ルーム性にしかないのだ(筒井康隆『特別室』)。こんにちは、スパイラル研究所の大島雅生です。

「特別」とは「普通」ではないこと、だとすれば、「普通」の定義が曖昧である以上、「特別」の意味も甚だ不鮮明です。普通があるから特別があるのか、特別が目立つから普通を意識するのか。普通から特別に移るその変わり目もやはり曖々然として昧々然たるものです。

そもそもこの「特」がなぜ牛の寺なのか、不思議に思って白川先生の字通を繙けば、これは三歳の牡牛すなわち成獣を表し、傑出したものを意味するとのこと。

「特別に扱う」とか「特別な例だ」などと気軽に使うべきものではないような気がします。使うのであれば何を以て特別とするのか、定義を明確化すべきでしょう。そのためにはまず「普通」の状態がどういうものかを定義するところから始める必要があります。

(A面へ)

<今日の一唱>
筒井康隆『特別室』(新潮文庫『メタモルフォセス群島』収録、1981年)

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