第1017回 ウィリアムス管とプライミング効果

もの忘れ頻りなる日の儚きに網戸に倚りて夕風を待つ(清水房雄)。こんにちは、スパイラル研究所の大島雅己です。

もの忘れの酷さには我ながら呆れて物が言へないレベルですが、これは最近になつて酷さを増したといふより生来の性質なのかもしれないと感じながらも、それさへも記憶が曖昧でよくわからないのです。ほんの数分前に手にしていたボールペンがいつの間にかなくなつたと思つたら予想もしない場所に放置してある。出かける時に忘れないやうに玄関先に置いた荷物を見事に忘れて外出する。

例を挙げるときりがありませんが、最近では開き直つてゐて、人間は忘れる動物だとばかり、忘れことを前提に物事を進めるやうにしてゐます。メモや録音などの記録を盛大に活用し、メモを忘れないためにまたメモを取る。自分で自分にメールを送るなどデジタルの仕掛けも使へるだけ使ふ。

かうなると問題は何をどこでどう管理してゐるかといふ仕組みを絶対に忘れないことですが、それぐらいなら何とか覚えられます。僅かな仕組みを抑えることで無限の情報を管理できるのであればこんな楽なことはありません。だから仕組みが大事なのです。

(A面へ)

<今日の一唱>
清水房雄『天南』

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