第1302回 ユス・コムーネと超弦理論

甘やかな時代の存在はなかば想像力とあと記憶の中にある(筒井康隆『聖痕』)。こんにちは、スパイラル研究所の大島雅生です。

こういう場合はこういうふうに決まっている、とか、常識の範囲で言えば普通はこうなる、と思っていると想定外の番狂わせに遭遇するかもしれません。

そもそも「こうに決まっている」とは誰がいつ決めたのか、「普通はこうなる」の普通とは何なのか、明確に答えられるかどうか自問した時に言葉に詰まってしまうようではダメなのでしょう。

世の中の常識とか規範とか標準などというものはその地点のその時点の限定的なものであるはずで、多くの人はそんな時空間が永遠に続くなどと勝手に思い込んでいるのです。食べ物は加熱する方がよい。耳は小まめに掃除した方がよい。歯は食後すぐ磨いた方がよい。どれも当然のように捉えていたものなのに、今やすべて誤っているとすら言われています。

とすれば「これは正しいのか間違っているのか」を問うこと自体にあまり意味はなくて、どういう理屈でそう言えるのか、その伝で行けばどこに辿り着くのか、逆張りにした場合に何が起こるか、などと推理を敷衍していくしかないのでしょう。

(A面へ)

<今日の一唱>
筒井康隆『聖痕』

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