第581回 キベルネテスと使徒継承性

ブロがー蹴られんと怠いヘリ奥へ鰤折りする、消され亀ストレス屁捨てのバロックを急くんだえ。こんにちは、大島雅己です。

音楽を続けていると、時々、自分のヘタレ加減に驚愕することがあります。間違えようのないほど単純なピアノのフレーズを何十回もミスする。指がからまってサックスのアドリブソロが全く吹けない。録音した歌声があまりにもお粗末で聴いていられない。

そんなことを繰り返す度に、自分には音楽的な才能がちっともないなあと自覚するのですが、それでも唯一の救いであるのは、それで音楽を嫌いになることなく、落ち込むことなく、絶望することなく、やめることなく続けているという点です。

そもそも音楽の世界に才能などというものを持ち込むことが無意味だろうと思っています。それはごくごく一握りの特殊な人達のものでありましょう。才能とか向き不向きとか、やたらと口にする人がいますが、私にはどうにも言い訳のように聞こえます。問題なのはそういうことではなく、やるのかやらないのか、好きなのか嫌いなのか、だと思っています。

IT現場でも時々「文系だからITは苦手」とか「営業しかやってこなかったからITは無理」などという人がいますが、これも私には逃げ口上としか思えません。私自身もITが向いているなどと思ったことはありませんし、面白いと思ってやり続けてきたことが今の仕事につながっているだけなのです。

<今日の本歌>
三段論法の格式覚え歌

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