第565回 SROIと史的唯物論

ウムム~。今朝起きたら、ブロガーが人間みたいに歩いてる。今朝起きたら、ブロガーが人間みたいに歩いてる。悩ましいブロガー、右手を貸してくれ。こんにちは、大島雅己です。

落語の稽古に没頭し、落語のことを懸命に考えている時、私はいったい何のためにどこに向かっているのか。いくつかの段階に分けて考えられると思います。

一つは、自分自身の成長と満足のため。落語に入り込み落語を知ることで、自分の好きな世界により深く浸り、その愉しみを今以上に享受したいという欲望の実現です。あの粋なセリフを自分で発してみたい。あの乙な所作を人前で演じてみたい。その願望の成就。

次に、観客に笑ってもらうこと、楽しんでもらうことです。あるいは、落語無関心な人達、落語初心者の人々を扇動し、落語の面白さに開眼してもらうこと。他への貢献と言えましょう。

三つ目に、落語そのものを掘り下げ、落語の世界そのものを広げ、鑑賞者を増やし、日本文化の盛上げに一役買うことです。興味の対称が、自己、他者、世界と三段階に広がっていることになります。

IT化やシステム化もこれと同じように、何のためにどこに向かうものなのかを考えてみるとよいかもしれません。自社の発展が最終目的なのか、顧客や取引先といったステークホルダーへの貢献が狙いなのか、はたまた、社会全体や世界文化の底上げを目指したものなのか。

<今日の本歌>
ロバート・ジョンソン『プリーチング・ブルース』

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