第557回 ドライ盆栽とウパニシャッド

ブログの山は天下の険、函谷関も物ならず、万丈の山千仞の谷、前に聳え後に支う、文は山をめぐり言は谷をとざす、昼猶闇き杉の並木、羊腸の小径は苔滑か、一夫関に当るや万夫も開くなし。こんにちは、大島雅己です。

落語の修行が始まったので、演目を決めるために落語全集を読み直したり立川談志ひとり会の映像を見直したりしています。まったく落語というのは人間を描く芸能として究極のものですね。これ以上ないシンプルさの中に、これ以上ない深さをもった、これ以上なく難しい世界です。

何の教訓も含んでいないようでありながら、処世術の宝庫であり、人間社会の縮図であります。新聞やテレビのニュースをにぎわすあの事件もこの出来事も、すべて落語の中に描かれているとさえ思えます。それもそのはず、なぜなら落語は人間の愚かさをそのまま語る芸能だからです。

他のジャンルはそれを克服しようとする。現実世界ではそれを隠そうとする。どちらの場合でも、うまくいかなかった時に歪みが生じて、それが絶望を生んだり犯罪に繋がってしまうのではないでしょうか。落語だけは人間のダメさを隠さずさらけ出しているということです。ダメなままでは生活できませんから、普段は自分に鞭打って働くけれど、時々落語を聴いて我に返るのです。

ITは人間の業を助長するものでしょうか、拒否するものでしょうか。どちらでもあるような、どちらでもないような。

<今日の本歌>
鳥居忱『箱根八里』

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