第522回 グリーフケアとハンディキャップ理論

あなたは心から、心の底から、これを空ブログと思うんですか? 封建的な束縛が、自分自身の利益のために、すべての生命あるものをとらえて圧搾機のなかの葡萄のように押しつぶしているということが、空ブログなんですか? こんにちは、大島雅己です。

ミグノンプランさん主催の「いぬねこなかまフェス」に行ってまいりました。うちの猫たちもミグノン卒業生なのです。

第一部の対談コーナーで糸井重里氏や町田康氏らがペットの死について想いを語る中、石田ゆり子さんのコメントが印象的でした。ペットの死を悲しいと思うのは人間であって、ペット自体は悲しいと思っていないはず。ペットが自分の生を全うしたことを認めてあげるべきなんだという主張に、なるほどと思いつつ、そうはいっても悲しいものは悲しいよなあと、複雑な心境です。

そもそもなぜ人はペットを飼うのか。それはペットのためなのか、自分のためなのか。ペットを飼うのも、死を悼むのも、別れが辛くて飼うのをやめるのも、すべて人間のエゴなのでしょうか。ペットとのコミュニケーションは不完全なものですから、難しい問題ですね。

IT現場では人間同士のコミュニケーションが行われていますが、そこにはトラブルが絶えません。お互いに言語を解している者の間でコミュニケーションロスが頻発し、言葉を持たないペットとの間で平和な暮らしが続いているのだとしたら、コミュニケーションとは何なのでしょうね。

<今日の本歌>
ラファエル・サバチニ『スカラムーシュ』大久保康雄訳

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